おとぼけハスキーの談話室へ

ムサシのお出かけ 2000年~2001年etail

91-92年 93-94年 95-96年 97-98年 99-00年 01-02年 03-06年

 ムサシも6歳になり、中年だなと感じることがあります。
 ジョンと比べるとまだまだ闊達なので、慣れ親しんだ野山へ単独トレッキングにしばしば出かけることになり、雪山への回数も減り始めました。

1999年9月
丸沼から日光へ紅葉狩り

 紅葉を求めて丸沼を訪れて白根山を遠望し、戦場ヶ原界隈をトレッキング。歩き疲れて日光界隈で温泉三昧の旅になりました。専用四駆の中で相棒の同行を監視するムサシ。「パンを買ってこい」。 

2000年8月
八ヶ岳 車山高原から麦草、白駒へ


 出先の名古屋方面から中央高速に入り、休憩に快適な駒ヶ岳サービスエリアで昼食休憩し、車山へ向かいます。
 ロープウェイを離れた一般登山道は閑散とし、車山高原はメインルートをはずれると静寂そのもの。
 起伏のなだらかな草原が続き、アルプスの眺望も最高。とても気持ちのいい高原です。
 宿泊ペンションはコテージ。
 二日目は麦草峠から白駒池とニュウ周辺の散策。
 ペンションを8時に出発。おみやげを買い求める予定の奥蓼科界隈の店はまだ睡眠状態。それならと温泉郷に向かい、保科館の岩組露天風呂で立ち寄り湯。たった一人の貸し切り状態。
 たびたび訪れている麦草峠(2,120b)には10時に到着。ムサシの水と食料をザックに詰めて白駒池へ。麦草峠有料駐車場からの砂利道で石が足の指先に食い込み、ムサシは歩きにくそう。  

2000年10月
頂上寸前で撤退。体力の衰えか

 ハスキーエンジェルの写真募集に応募するために八ヶ岳の編笠岳まで登り、ムサシ主役の山岳写真を撮るつもりだったが、標高2,500b付近から岩場にたじろぎ始め、ついに「ボク帰る」と撤退を決める有様。
 10歳に近づき、やはり体力が落ちてきたかと気落ちし「ムサシ、清里でもハムを買ってミルクでも飲むか」と声をかけると、急に足取りが軽くなってさっとと下山。


ジョンありがとう 2000年11月2日

ジョンが生まれたのは1983年12月31日。2000年11月2日に永眠しました。
病院に通うこともなく、身を横たえ力尽きるまで、散歩を欠かさず、犬の意地を貫いて、見事に犬の生涯を閉じました。17歳まであと僅か。挑戦の日々でした。
旅行はいつもいっしょでした。でも、きのう、ジョンは、誰にも告げず、ひとりで、旅立ちました。ジョンは強い決意で旅立ったのです。
ありがとう。ジョンの感謝のことばが、ジョンの臭いの中に充満していました。
どんなときも、ジョンといっしょにいると、ぼくたちはたのしかった。どんなに苦しい山道でも、先頭のジョンが振り返ってくれると、ぼくたちは汗を忘れることができました。
ジョン。ぼくたちはおもいでがいっぱい詰まった歳月を持つことができました。
ジョン、いつかまた、いっしょに歩こうね。今度は雲の上を宇宙の果てまで。